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田滝から

丹原志川から
黒滝山(くろたきやま)
愛媛県西条市
標高808.4m
別名・権現山
▲山頂の三角点
点 名 黒滝神社
種別等級 四等三角点
地形図 松山北部
緯 度 33°54′06″.3514
経 度 132°59′43″.1871
標 高 808.49m
所在地 愛媛県西条市丹原町大字田滝乙666番地
木久ヶ森(きくがもり)
愛媛県西条市
標高751.8m
別名・菊ヶ森、菊ヶ森山、城の台
※三角点はありません。
黒滝山木久ヶ森は、道前平野の北西、高縄山地の東三方ヶ森山稜に位置する信仰と城趾のお山です。

黒滝山は道前地方の人たちの信仰を集めた黒滝神社を頂くお山です。
山名も社名からきています。
参道沿いの森林は黒滝神社の神域となっているため、社叢として保護され、乱開発を免れた杜は、西条市指定の天然記念物にも指定されています。
麓近くにはヤブツバキやアラカシなどの常緑樹が繁茂、高度を重ねるとともに、落葉広葉樹が増えてきます。
大木も多く、47科155種も存在しています。

黒滝(黒瀧)神社は、延暦7年(788年)に三河国から来た弓の名人、神介四郎左衛門が出会った霊験譚により社殿を設け、黒瀧十二社大権現を祀ったことを起源とする神社です。
道前地方の人たちを中心に広く信仰を集め、戦前戦中は弾丸除け、徴兵除けの神としてお参りする人も多かったそうです。
田滝の氏子らに「黒滝さん」の愛称で呼ばれる黒瀧大権現は、石鎚山の神様、石鎚大神・石鎚大権現とは兄妹関係で、黒滝さんは妹、女の神様です。
昔昔、兄妹は石を投げ合う力比べをし、兄妹げんかに発展してしまいました。
以来、田滝の人たちも石鎚山には一切登拝しなくなったそうです(鎖から振り落とされそうです)。
また、道前平野を潤す中山川の支流のひとつ、田滝川の源流部に位置する関係から、黒滝神社は雨乞いの神様という一面も持っていました。
扇状地の扇頂に位置している田滝地区は井戸を掘っても水が出ない土地柄で、水には苦労している地域でした。
雨乞いの行事として雨乞い踊り「お(れん)踊り」が奉納されています。
「お簾踊り」は、県の無形民俗文化財の指定を受けています。

木久ヶ森は、菊ヶ森城があったお山です。
黒滝山の東隣にあり、標高751mもの高い山頂に城砦が築かれていました。
山頂には6つの郭跡と堀切が残っています。
三芳にあった象が森の城主、山内氏の子孫が四代にわたって居城していました。
天正13年(1585)11月、四国統一を果たす長宗我部氏に攻められ、落城、四代目城主山内若狭太郎秀俊は城に火を放ち自害しました。
秀俊から5代目に当たる久作が、助けた山犬から名刀備前一文字則宗を恩返しにもらった「狼謝恩の名刀」という話が残っています。

木久ヶ森の山名は、明治時代の古地図「桑村郡地図 地誌付」に記載されています。

黒滝山、木久ヶ森のある東三方ヶ森山稜は、丹原の西山興隆寺から玉川楢原山山頂の奈良原神社に至る参道、修験道の道筋でもありました。
往時の名残、尾根伝いの踏み跡や丁石をいまでもあちらこちらで見ることができます。
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黒滝神社 黒滝山 木久ヶ森
4km
田滝
700m
7km 東予丹原
2km 来見
33km
湯谷口
JR予讃線
西条・高松行き
松山駅
壬生川駅
せとうちバス
特急新居浜線




↓せとうちバス
↓田滝線
松山市駅 湯谷口


湯谷口 黒滝神社前 壬生川駅


黒滝山・木久ヶ森
 →JR四国(鉄道) →せとうちバス
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