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林道沿い登山口~秋葉山山頂
距離 約500m
標高差 約100m
林道・農道・私道
徒歩
下記写真の場所



林道沿いの登山口を入ります。

登り始めて数mで右にくいっと曲がります。
踏み跡が薄いので、見落とす人もいるかな。

しばらく、右下がりの斜面を登って行きます。
点点とある赤テープやリボンに導いてもらいます。



道を横切る倒木にキノコがうにゃうにゃ。

キクラゲみたいな形状で、美味しくはなさそう (^^ゞ



腐葉土でふわふわ、でも、濡れ落ち葉で滑る、
斜めった道を登っていると、
左上から日の光がわずかに差してきました。

見上げると、尾根が凹んだ鞍部が目に入りました。
林道終点から登るとたどることになる尾根です。
いま歩いている登山道はあの尾根へは向かいません。



この道は、明神山塊の森を育む山仕事用の道です。
登山のための道として付けられたわけではないので、
山頂直下を素通りする形でちょいと遠回りします。
直近に山頂を繋ぐなら、の凹んだ尾根に上がって、
尾根伝いに登る方が最短です。





山頂から東へ下ってる尾根に達したら、左折ポイント。

木に登山口で見た黄色い印が巻き付いてます。
ここで左折し尾根をたどり登って行くようです。

ちなみに、作業道の方は尾根を回り込んで
森の奥へと続いています。
明神山まで歩いて行けるかなぁ…。

印の木には、白い杭が寄りかかってました。

麓の岡地区にある公民館の銘が入っていました。

黄色い紙は登山口と同じものです。

尾根をたどり登りますが、ここが一番の急坂です。
えっちらおっちら。
帰路、落ち葉で滑って何度か尻もちつきそうになりました。



木の根元に白いもの。
残雪の残雪って感じ。
溶け残ってるくらいですから、
森の中もヒンヤリとしていました。



秋葉山と明神山を繋ぐ稜線に出ました。
ルート的には、稜線に乗ったら左に曲がる感じで、山頂を目指します。
※下山時、ここから曲がり下るのを忘れないように、踏み跡に注意して下りましょう。



山頂越しに西日が登山道を照らします。

光指す方へ、踏み踏み、登って行きました。

いよいよ、山頂間近。
踏み跡程度の道。
まっすぐ山頂へ向かうのかと思ったら-




山頂に向かって左の肩へ乗り、
右折して、ようやく-



秋葉山山頂に到着しました!
山頂は、小さな円形で、北側は人工林、南側は自然林っぽくて幾分、外が覗けます。

旧制松山中学(現在の東高)OB・山の会の手による山頂標。
結構、あちらこちらで見かけるものです。 

南側の眺めですが、冬枯れて葉が落ちた状態なので、なんとか外の世界が拝めました。
夏草茂るシーズンなら、ほとんど何も見えないかも。
この日はかすみが酷くて、PM2.5もかなり飛散してたようです。

黒岩岳のシルエット。

山頂から西へ、踏み跡が続いています。
黄色い紙にあった「おむろ」へ挨拶しに行きましょう。
最初は木が混んだ中を軽く下り-



鞍部からは、木立が左右に除けたように道幅が拡がります。

おむろのあるピークへと続く道、ほんの数分で- 



「おむろ」と呼ぶ祠のある頂に出ました。
山頂標のあるピークに比べれば幾分、低いものの、民俗的には、祠のあるこのピークこそが秋葉山山頂と見てもいいと思います。

麓からでも祠を拝めるよう下草が刈られ、そして周囲が崖になっていて高い木がないおかげで、見晴らしも抜群です。
山から海から眺められる視界の良さは、明神山塊のなかでも一番かも。

石の祠、合掌。

祠の裏に測量点がありました。

「中予広域水道企業団」の2級基準点でした。

再び、パノラマ。

向かいの東峰地区を走る松山自動車道、写真中央奥は中山の長沢地区。

山麓を見下ろすと、イチゴ栽培のビニルハウスが並んだ三島地区、(みどり)小学校も見えました。
県道広田双海線を写真右へ下れば上灘に至ります。

海側は木が混んでいて、見晴らしはイマイチですが-

隙間から下灘の豊田漁港が見えました。
海が青く見えなかったのは残念でした。

さて、次に目指すは立烏帽子岳(写真右のピーク。

秋葉山山頂から尾根伝いに降りるのが近そうだけど、道が…。

ちなみに、その立烏帽子岳からここを見るとこんな感じに、
周囲は崖っぽい場所だったことが分かりました。



秋葉山には、いつか登ろう、行こう行こうと思いながら、年単位の時間が経ってしまってました (^^ゞ
で、やっとこさ、頂に立つことができました。
林道を歩いた分、時間がかかってしまいましたが、登山口から山頂までは15分ほどで登れましたので、林道が普通に走れる状態だったら、午後からでも充分、楽しめたことでしょう。

初めて柆野カヤマ林道をスクーターで走ったときや、明神山に登ったとき、林道の終点まで行ってはいましたが、当時の登山口にはなんの印もなく、道があったことにも気づかず、素通りしていました。
また当時は、林道終点に尾根沿いに登れる道があって、どこまで行けるんだろう?って感じで、途中まで登りました。
少し岩が露頭した木立が開けたところがあって、その場所から海を眺めて帰った記憶があります。
踏み跡からして、あの頃は、林道終点から秋葉山に登っていた人も少なくなかったのでしょう。
いまは、黄色い目印が「ここから登れるよ」と教えてくれているので、終点から登る人はいないようです。
実は、下山時、林道終点に向かって尾根を下ろうとしたのですが、踏み跡もあやふやで、小ピークにたどり着く前に灌木や混んだ下草の枯れ枝に行く手を阻まれてしまいました。
面倒でしたが山頂近くまで登り返して、登って来た道で下山しました。

さて、「秋葉山」という名前ですが、この地においての正しい由来は分かりません。
全国的に「秋葉山」は、火防(ひぶせ)の神である秋葉大権現を祀る秋葉神社の俗称です。
全国に約800社ある秋葉神社の総本宮は、火之迦具土大神(ひのかぐつちのおおかみ)を祭神とする、 静岡県浜松市天竜区春野にある秋葉山本宮秋葉神社です。
江戸時代、度重なる大火に見舞われた江戸の庶民の間に秋葉講が広まり、いつしか全国区となっていったようです。
愛媛県内で地図に名前が載っている秋葉山は大洲にひとつだけです。
(ここ、明神山塊の秋葉山は無名峰扱いです。)
大洲の秋葉山山頂には秋葉三尺坊大権現を奉る秋葉社が建っています。
いつの世でも火事は恐ろしいものです。
麓の人たちが、火防の神を奉る秋葉神社を勧請し、麓からもよく見える頂に祀ったのが、秋葉山と呼ばれるようになったきっかけかもしれません。
一応、山頂の祠に「秋葉」の文字の入ったお札などは確認できませんでした。

祠を山頂にもつお山は少なくありません。
けれど、山間部の過疎化や高齢化、手つかずの森が増えている昨今、山頂の祠の護り手は一人減り、二人減りして、廃れ、寂れて草まみれ、あるいは崩落して、見る影もない祠も少なくありません。
それに比べれば、ここのおむろ(御室)は、登山口目印の黄色い紙に、「おむろ修復平成22年9月11日」とあるように、修復活動が行われるほど、地域に守られています。
思いの外、霊験あらたかなのかもしれません。
合掌。
ちなみに、中山町近辺で山頂に祠やお社、お堂があるお山は、秦皇山、黒岩岳、水無権現、牛ノ峯、陣ヶ森岳、船ヶ迫岳など、少なくありません。

個人的にですが、神様がおわすこの祠のある場所こそが、秋葉山の真の山頂だと思っています。
秋葉山を訪れた際は、ぜひ、足を運んでみて下さい (^_^)火の用心

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